浄照寺

答え合わせ

答え合わせ
先日、とある御法事でのご門徒さんとの会話にて。
ご門徒さんから色々聞かれて、『法事って答え合わせですよね』と応えました。

お斎での会話だったので、私も何気なく言ったのですが、改めて考えてみると、そうだよなぁと思ったのです。
どういうことかというと。
一緒に住んでる家族は、故人の生活を毎日見ています。なので、「◯月頃から晩酌の量が減った」とか、「最近やたらトイレに行くようになった」など、生活の上での些細な事を見ています。
一方、嫁に出たとか結婚して家建てたとかでご両親と離れて暮らしていると、日々の細かいことは分からなくても、久し振りに会うからこそ分かることもあるでしょう。
例え同じ家族であっても環境や性格で価値観が異なります。

だからこそ、出てくる答えも違うこともある。
『本当は、お父さん、こうしてほしかったんじゃない?』

『そう〜、私はこう思ってた』
などなど。

夫々の出した『答え』を出し合って『答え合わせ』をする。それでもなかなか正解がハッキリしないこともあるでしょうし、もしかすると本人自体が正解なんて分からない事もあるでしょう。

だからこそ、『答え合わせ』は何回も必要なのです。学校の勉強だって、予習復習が大切だと言われますよね。それと同じような気がします。

今、分からない事も2年後にはわかるかもしれない。5〜6年経てばガラッと『答え』が変わる事もあるかもしれない。
法事って、そんな場だと私は思うのですが、皆さんはどう思われますか?


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